日本橋

日本橋さるや

日本橋さるや

宝永元年(1704年)創業、300年以上続く日本で唯一の老舗 楊枝(ようじ)専門店。「さるや」の楊枝は、古来より上等とされる黒文字という樹を使用していて、昔と変わることなくひとつひとつがすべて職人の手作り。熟練の職人が、1日400本程度しか作成できない楊枝は「粋」で繊細にして、今もなお江戸名物の一つとされ、多くの人に愛され続けている。

続きを見る
日本橋

日本橋

慶長8年(1603年)、江戸幕府 開府(かいふ)と同時に完成。翌年、東海道をはじめとする五街道の起点に定められ、重要な水路であった日本橋川と交差する点として江戸経済の中心となった。橋詰(はじづめ)には、高札場(こうさつば)があり、魚河岸(うおがし)があったことでも有名。現在の日本橋は、第20代目にあたり明治44年(1911年)に建造。橋長は27間(およそ49m)、幅員は15間(およそ27m)のルネッサンス式石造石拱橋(せいぞうせっこうきょう)。橋銘(きょうめい)は第15代将軍徳川慶喜(とくがわ よしのぶ)の筆によるもので、青銅の照明灯装飾品の麒麟(キリン)は東京市の繁栄を、獅子(シシ)は守護を表す。昭和42年(1967年) 都電の廃止に伴い、都電の照明灯で架線の支柱だった道路元標(どうろげんぴょう)は 撤去され、昭和47年(1972年)、橋の中央に、プレート状の日本国道路元標が埋め込まれた。プレートの文字は、当時の総理大臣 佐藤栄作(さとう えいさく)の筆によるもの。

続きを見る
榮太樓總本鋪

榮太樓總本鋪

安政(あんせい)四年(1857年)創業の老舗 和菓子店。日本橋の袂(たもと)に屋台を出し、焼いて売っていた金鍔(きんつば)は、「大きくて甘くて美味しい」と魚河岸の商人や肉体労働の若い衆に人気だった。刀の「鍔(つば)」をかたどり、丸い形をした「名代 金鍔(なだい きんつば)」、指でつまんだ三角の形が梅干しに似ている「梅ぼ志飴(うめぼしあめ)」、甘納豆の元祖とされる「甘名納糖(あまななっとう)」など、初代・榮太樓(えいたろう)が創りあげたお菓子は、昔と変わらず今でも多くの人に愛される江戸の味。

続きを見る
千疋屋総本店

千疋屋総本店

天保5年(1834年) 創業の老舗 果物専門店。武蔵国埼玉郡千疋の郷の侍であった初代 大島弁蔵(おおしまべんぞう)が 日本橋の路上で、「水菓子安うり処」(みずがしやすうりどころ)の看板を掲げ果物と野菜を並べて、大安売りを始めたのがはじまり。二代目のときに、料亭に自慢の果物を差し出すようになり、坂本龍馬や西郷隆盛など幕末の著名人のご愛顧を受け、徳川家御用商人としての信頼を得、高級店へと大変身を遂げた。三代目は、現在本店のある日本橋本町に移転し、外国産の果物のみならず種子の輸入にも力を入れ、りんご・さくらんぼ・夏みかん・マスクメロンなどの栽培を行い、日本初の果物専門店を創立。千疋屋総本店の基礎を築いた。

続きを見る
日本橋弁松総本店

日本橋弁松総本店

文化7年(1810年)創業、日本初の折詰料理専門店(おりづめりょうりせんもんてん)。初代 樋口与一(ひぐちよいち)が日本橋の魚河岸に「樋口屋」という食事処を開いたのがはじまり。忙しいお客に食べきれなかった料理を経木(きょうぎ)や竹の皮に包んで持ち帰らせ、大好評に。これが、弁松(べんまつ)の折詰弁当のはじまり。三代目 松次郎の時には、弁当販売が主流となり、「弁当屋の松次郎」略して「弁松」と呼ばれるように。嘉永3年 (かえいさんねん)(1850年)食事処を店じまいし、折詰料理専門店「弁松」を創業。野菜の甘煮(うまに)、めかじきの照焼、玉子焼など入った「並六(なみろく)」が、弁松の定番。江戸庶民が舌鼓を打った創業当時から変わらぬ味、どうぞお楽しみください。

続きを見る
山本海苔店

山本海苔店

嘉永2年(かえいにねん)(1849年)初代山本徳治郎(やまもととくじろう)が、現在の地に創業した老舗 海苔専門店。元祖 味付海苔の店。2代目は、一見同じように見える海苔を進物(しんもつ)用や寿司用など、8種類に分けて販売。明治2年(1869年)醤油やみりんで味を付けた「味附海苔」を生み出し、明治天皇への献納をきっかけに、宮内省御用達に。幕末の三舟(ばくまつのさんしゅう)のひとり山岡 鉄舟(やまおか てっしゅう)は、山本海苔店の味を評して、「この味、世に並ぶ物なし」と賞賛したと伝えられている。店頭で職人が1枚1枚焼き上げた『焼きたて海苔』は、当店舗限定の逸品。

続きを見る
神茂

神茂

元禄元年(1688年)の創業、300年以上の歴史を誇る「はんぺん」と「かまぼこ」の老舗。看板商品の手取りはんぺんとかまぼこに加え、伊達巻や、鮫のすじ肉を使ったすじ、養老揚(ようろうあげ)やエビしんじょなどのおでん種も、おすすめ。

続きを見る
にんべん

にんべん

元禄12年(1699年)創業の老舗鰹節専門店。初代 高津伊兵衛(たかつ いへえ)が、日本橋一丁目付近で戸板を並べて鰹節や海産物の干物の商いをおこなったのがはじまり。その後、宝永元年(1704年)、小舟町に鰹節問屋を開業し、翌年、屋号を「伊勢屋伊兵衛(いせやいへえ)」とした。暖簾(のれん)印を 伊勢屋と伊兵衛のイ(にんべん)と 商売を堅実にするためのお金(かね)と合わせて、「カネにんべん」としたところ、江戸町民から「にんべん」と呼ばれるようになったのが社名の由来。天保元年(1830年)ごろ、世界最古といわれる銀製の商品券を発行、昭和44年(1969年) 自宅で削って使うというのが当たり前だった鰹節を、削った状態でかつお節を販売するフレッシュパックを業界に先駆けて開発するなど新しいことにチャレンジしてきた。平成22年(2010年)、COREDO室町で展開する「日本橋だし場」では、削りたての本枯鰹節だしをその場で飲むことができる。

続きを見る
榛原

榛原

文化3年(1806年)江戸時代末期 創業の老舗 和紙専門店。初代・中村佐助(なかむら さすけ)が、江戸の庶民に最初に売り出した和紙「雁皮紙(がんぴし)」が、なめらかな紙質で、文字がうまく書けると江戸中で評判となり、一世を風靡。明治の文明開化期には、日本で初めて和紙を輸出。木版摺り(もくはんずり)の団扇(うちわ) も人気で、代表的な江戸土産として知られ、正岡子規(まさおかしき)が、「はい原の 団扇を送る たより哉」と句に詠んでいるほど。江戸の町で人気を博した昔ながらの和紙やレトロなデザインの千代紙(ちよがみ)を使ったアイテムなど、和紙の魅力がたっぷり詰まったお店。

続きを見る
MARUZEN café

MARUZEN café

明治2年(1869年)創業 丸善本店の創業者 早矢仕有的(はやし ゆうてき)が、友人をもてなすために、当時まだ珍しかった西洋料理を意識して考案した『早矢仕ライス』が名物。ハヤシライスの原点とも言われる文明開化の時代を思わせる日本生まれの味を一度是非。

続きを見る